出身高校からのたより
昨日出身高校からのたよりが届いた。
寄附金等のお知らせが書いてあったが、2年か3年まえに
同級生の女性の訃報が掲載されてからは、毎回訃報欄を
先にみるようになった。
今回も訃報欄をみていると、同級生の男子のかってのみなれた
なまえが目についた・・・
昨年に亡くなっていて、昨年の日付も掲載されていた・・・
おもわず同窓の親しい友人に連絡した。
訃報欄をみていると
彼がなにが原因で亡くなったかはわからないが、人間の
寿命は誰にもわからないというあたりまえのことが訃報欄は
物語っている・・・
身近な例をとるまでもなく平均寿命はのびているようである。
しかし自分ものびるかは可能性はあるが保証はない。
現在元気でも天災や交通事故で明日わたしもなにがあるか
わからないのがほんとうのところだ。
いま生きていることの幸運を再確認したい。
きもちの整理に
わたしは毎年年末に遺言書をかいているというか書きかえている。
たいそうな資産があるわけではないが、きもちの整理をするため
かいている。
あなたもいちど文章にしてかいてみるのはどうだろう。
書いた時点での考えがはっきりするというのがかいてみてのわたしの
感想である。
—————————————————-
編集後記
今朝は昨日までの雨がやんでひんやりして
きもちがいいかぜがふいています。
—————————————————-